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2021年3月 2020年度自分を深める学習を振り返って(3/15)

投稿日2021/03/15

この1年間、新型コロナウィルス感染症の脅威に翻弄されあらゆることを諦め、放棄せざるを得ない日々が続いてしまいました。1学期は6/15から開始で、共に学習したのは実質一か月と少しでした。また3学期にも再度緊急事態宣言が出され、共に学習したのは2週間程度でした。部活動に至ってはほとんど満足に活動・大会参加など出来ていないという実情であったと思います。

リモート式の「学習・HR・部活のトレーニング&ミーティング」が数多く行われ(それは仕方ないのですが)、みんながマスクをし、3密を避けるためのソーシャルディスタンス、4人以下での会食・距離をとった会食(なるべく会食は避ける)などが叫ばれました。私たちが初めて経験するこの事態はまだまだ続きそうですね…。

さて、このような新しい生活・活動スタイルで私たちは何を失ったのか?人間的尊厳の何が失われようとしているのか?そもそもこのような事態に陥る根本的な原因は何なのか?真剣に考えなければならないことが山積しています。

 

①私たちの何が失われようとしているのか

当たり前ではありますが、私たちは一人では生きていけません。今日の食糧、住んでいる家、着ている洋服、移動手段(電車・バス・自転車)など、ほとんどが他者に依存して生きています。また自然の循環の中に位置する私たちは、当然自然にも依存しています。このような物質的相互依存は考えればすぐに思いつくかと思います。

しかし、もっと厄介なものがあります。それは「他者との心のつながり」です。心は目に見える存在ではありませんから、なかなか気づきにくいですよね。

新しい生活様式で最も危険であると思われるのは「心の孤独・疎外感」です。クラスメイトや先生、近隣の友達、イベントで出会えるはずの人々、悉くその交流のチャンスはこの1年間、閉ざされてしまいました。

マスクで友達の表情が見えないからどんな気持ちでいるのかわからない、ソーシャルディスタンスで近づけないからよそよそしさを感じる、友達とワイワイ騒いで馬鹿な話をしながら食事して心の距離を縮めたいけどできない、等々不満が募ります。

そばにいてくれるだけでいい、顔を見るだけで安心する・・・誰にもそんな存在の人が家族以外でもいますよね。そんな大事な人は勿論、本来交流が少ないかなと思う人ですら、意識する・しないにかかわらず、間違いなく自分の心に影響を与えます。

心の健康は「自分とつながる全ての人と物」との関係性の中で、「自分はここにいていいのだ、誰かのために何か出来ることをしたい」という「孤独と疎外感を自分の中から追い払う感情」によって守られると私は思います。さて、自分を深める学習はその問題に対して何ができるのか・・・・。

 

②そもそもこのような事態に陥る根本原因は何なのか

グローバル経済が世界を覆いつくそうとしています。そのシステムはより廉価な労働力と資源を世界中に求め、また技術的イノベーションによって生産力を高め、物質的豊かさを際限なく求めるものです。

その犠牲になるのは「人間にとっての真の豊かさ」、「サスティナブルであるはずの自然循環力」です。

特に自然に対する人間の「関わり方」が、自然災害や人類の生命を脅かすウィルスの発生にまで繋がっているような気がしてなりません。もっと視野を広げれば、人間の飽くなき「欲望」に裏打ちされた「新自由主義的支配」に果たして本当に問題はないのでしょうか?このままで人類と地球は真の幸福にたどり着けるのでしょうか。

 

 

どうも話が大きくなってしまいましたが、そのような気がしてなりません。

私たちひとりひとりに何ができるのか?

それを考えることは私たちの「生き方」に大きく関わってきます。その生き方の下敷き・礎=「ビッグロック」となる世界・他者・自然というものを今の自分とどう関係づけるべきか・・・

自らの感性を失わずに考え、そして仲間と共に語らう中でビッグロックを持った生き方を模索してほしいと願います。そのことをこの1年間で強く感じました。

自分を深める学習:野中修也