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2020年11月 1年生 人目が気になってキャラを作ってしまう(11/25)

投稿日2020/11/25

1年生は3学期には「自分とは何か」という課題に取り組みます。

とは言え、いきなり「自分とは何だと思うか考えてごらん」といっても

何をどう考えればいいのかわからないだろうからと

ワンクッション入れることにしました。

 

「考えることで楽になろう」(著:藤野美奈子 協力:西研)

の一節を読んでみました。

 

他人が自分に期待している「理想像」に自分を合わせようとして

「演じた自分になっていること」や「やりすぎて疲れること」は

他人が自分にがっかりすることを恐れているからで

他人の物差しを気にしない方法はあるのだろうか。

 

といった悩みに「考えるプロ」がアドバイスをする、という内容です。

 

 

読んでから生徒諸君には感想を書いてもらいました。

 

・自分自身、他人の目を気にすることはあります。それは身だしなみや、発表時に前に立った時です。クラスのみんなの目が自分に集中すると考えるとかなり緊張してしまいます。

 

・他人から「優しい人」「真面目な人」と思われたい気持ちがあるから、どんなに嫌な事でも率先してやって「良い人」を演じてしまっているかもしれない。

 

・他人の目を気にしてしまうのは仕方がないことだと思う。誰でも他の人から良く見られたいという気持ちはあると思うから。

 

・中学の頃の自分も自分だし、今の自分も自分だし、キャラはその時々で変わりゆくものだと思う。

 

・自分にも完全なる素を出せる人は何人かいますが、未だに素を出せていない人も多くいます。楽しく話していても、ふと、今この子は何を考えているんだろう、私のことはどう思っているんだろうと考えてしまうことがあります。

 

・そもそも、周りの目を気にしないで生きていくことはできるのか疑問に思います。自分が自分らしくいるためにも他人の評価は必要なものだと思います。私も他人の目が気になることがしょっちゅうあります。

 

・私は先程から「自分らしさ」とか「いつもの自分」と言っていますが、性格は誰とどう関わるかでかなり変わってくると思います。私の小学生の時の友達も、中学生になってから少し恐くなって関わりづらくなりました。性格は同一人物でもたくさんあっていいと思います。

 

小学生、中学生の頃から周りにいる相手に対して

その相手なりの対応をしているようです。

 

紹介したのはごく一部ですが

多くのものが使っていた表現に

「素の自分」

「自分らしさ」

というものがあります。

 

素の自分ってどんな自分?

自分らしさってどんな感じ?

 

そうなんです。

素の「自分」とか

「自分」らしさとか

そんな風にいつも言っている

その「自分」のところを言ってごらんと言われると

なかなか言えませんよね。

 

そこを考えてみようというのがこれからやろうとしていることなんです。

自分というのは、名前でもなく、性格でもない。

デカルトの「我思う 故に我あり」ではありませんが

「『自分』って、実際に今ここにいるのに

何故だかそれをはっきりと言うことが出来ない

「自分」というものは何なんだろう

本当にあるんだろうか

いや、自分は今ここにいるんだから

いることはいるんだろう・・・」

と、頭の中が堂々巡りでぐしゃぐしゃになりそうですが

それに挑戦してみようというのが3学期のテーマです。

もちろん哲学は素人の我々と高校生が話し合ったところで

何か答えが出るわけはありません。

それでも考えてみようというのがこの授業です。

 

高校生諸君がどのようなことを考えるのか

3学期の授業報告でお知らせしようと思います。

 

前述の生徒諸君の感想ですが

もちろん相手に合わせて自分の対応を変えることそのものは

決して悪いことではなく、むしろ大人として必要な事でしょう。

でも、「自分」そのものと思っている「自分の態度」は

実は自分の一側面に過ぎず、側面そのものが自分なわけではない・・・

あ、早速難しくなってきましたね。

 

これをお読みの皆さんも、是非考えてみてください。

 

自分を深める学習 1年E組担当:神田上巳